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ステージ オブ ザ グラウンド
あのボールを止めなければ、取らなければ、ならない。
この目で見てしまったのだから。
あのシュートを。あいつを。
絶対、止める。
また背が伸びたのか、ランドセルが少しきつくなった。家に帰ったら調節しないとな。そうぼんやり考えながら、俺は帰り道を歩いていた。空は少しずつ日が暮れて、夕焼けに変わりつつある。土手の下から聞こえてきた何十人かのまばらな声に、大人の大声も混じって聞こえてきたので、何かスポーツでもやっているのかと目を向けると、向こうの方から人影が、手をふって近づいてきた。同じクラスの沢木だった。
「若島津じゃん」適当に返事をした。
胸に『明和』とプリントされた、黒いユニフォームに目がいく。
「何やってんの」
「サッカー」
「沢木、サッカー部だっけ」
「そうだよ」
ちゃんと覚えとけよーという沢木の向こうでは、まだ練習は続いていた。黒いユニフォームのうちの一人が、もたもたとボールを運んでいる。
「お前いいの、練習やんなくて」
「俺きのうケガしちゃってさ。だから、今日は、見てるだけ」
「へー」
会話がとぎれる。またサッカーの練習を見た。ボールはさっきとは違う奴が蹴っていて、さっきとは反対側のゴールに向かって進んでいた。止まって、向かってきた奴と睨みあって、右へ左へ動く。どうなる。しばらく見つめていたけれど、いつまでたってもその状態で、当分変わりそうにない。いい加減、飽きた。肩をすくめて、沢木に「じゃあな」と言おうとした。
そのとき。
視界の端で、見たこともない早さで通り過ぎた影を見た。
えっ、と思わず声に出して、サッカー場に目を戻すと、すぐにその影の持ち主を見つけた。そいつは嵐のような勢いで睨み合いを続けていた二人にスライディングタックルを喰らわせ、難なくボールをさらっていった。
「あいつ、誰」
指さすと、沢木がその方向を見て、ああ、と言った。
「日向さんだよ」
『日向』はゴールに向かってぐんぐん進み、近づいてきた連中は残らず吹き飛ばしながら、走った。ゴールまわりの守備が固まってくる。日向が足を振り上げた。ざわり、と胸が騒ぐ。せわしなく耳の奥に響く心臓の音がどんどん大きくなって、俺は無意識のうちに、拳を強く握っていた。
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