ラスト・クリスマス P-4 〈W-side


例えば、ミシェル山田が俺に声を掛ける。(心なしか頬をうっすら染めながら)今日一緒に呑みに行かないか、なんて言われる。すると、背中に大またで歩く癖のある、足音が聞こえて、二の腕か首に、がしっと日向さんの(いつの間にかさん付けで呼ぶのが癖になった)腕が回される。
「わりいな山田、俺、ちょっくらこいつに用あるからよ」
借りてくぜ、なんて手を振る日向さんに、「お、そっか」なんて、山田が言えば、もうゲームオーバー。
心の中で涙に濡れたハンカチを雑巾絞りしつつ、思う。今の俺と山田は、ロミオとジュリエットだ。
更にそのあと、日向さんに無言で右手を出されるもんなら、俺は恨めしげにその「ふふん」と言ってるような目を睨みながらも、結局は銀行から引き出してきた十万二十万の金を、黙って差し出すしかない。
―――今の俺の状況は、ロミオとジュリエット、プラス、ジャイアンに何でもかんでも取り上げられるのび太だ。更に救いようがない点は、俺にはドラえもんがいないことだ。




会社から二駅ほど離れた場所にある、おでん屋の屋台。
昭和の空気を感じさせるこの屋台には当然ろくな防寒対策が張られているわけもなく、余所の屋台でよく見かけるような、安っぽいビニールカバーさえついていない。それにも関わらずあまり寒さを感じないのは、おっちゃんが作るおでんの味とおでんから立ち上る湯気、それに酒が、頭をほてらせてくれるからかもしれない。
「…うっわ、ひっでえなーまぁた日向かよお」
「…また?」
1日3食・ドングリと水のみ。夜帰宅しても、蝋燭の火を点して、電気代はなるべく節約する。そういう生活に慣れきってしまった頃酒の勢いも手伝って、黄色っぽい光の下、俺は松山に今までの日向さんとの経緯を、諦め半分のグチとして話していた。
「またってどういうことだよ」
俺の問いに、味がよく染みた大根を頬張りながら、松山が言った。

「あいつのこと、俺が何て命名してるか知ってるか?」
「知らん」
びしっと松山は人差し指を俺の鼻先に突きつけ、声のトーンを下げる。

「ラブ・テロリストだぜ」
「…お前らしいネーミングセンスだな」
「まあな。…とにかくあいつは、」
「なんとなく分かった、その先は。」
今現在、それを体験してるの、俺だぜ。ここまで聞いて察知しない奴がいたら、そいつはよっぽど幸せな奴だと思う。

「…どうしたもんかな」
自分で言った言葉に、頭が痛くなってくる。2日酔いよりひどいかんじで。近いうち、胃がおかしくなるんだろうなと頭の片隅で考えていたら、

「…他に金のある男を紹介しちゃえば」
松山の声に、頭痛が一気に吹き飛んだ。
「そうだ松山、その手だ!!金も地位もある、フリーの単純な男を紹介すれば、きっと日向小次郎は俺の財布を搾り取ることはなくなるはず!」
「良かったな若島津!!」
「…ドラえもんっていたんだな」
松山に青いネコ型ロボットの姿を重ねてしみじみと一人頷いてから、
「?いいから電話!かけてこいよ、いいことは急げって言うだろ!」
その声に背を押されて、俺は携帯を取り出した。

そのことを死ぬほど後悔する日が来るなんて、夢にも思わずに。