ラスト・クリスマス p−3〈Middle-side〉
「若島津、おまえ、どうしたんだよ」
よく磨き上げられている窓から、太陽の日差しが奥まで差し込んで、雑談で賑わう社員食堂をいっそう明るく見せている。窓際のテーブルに同僚を見つけた松山は、親子丼定食をのせたトレイを持ち、若島津の前の席に座ろうとして、目を丸くした。若島津はその声に面倒くさそうに目線を松山の顔に向ける。
「…あ?」
「あ?じゃないだろって。どうしたんだよ、ドングリなんか広げて。コマでも作るのか?」
めずらしいな、と言って、トレイを置いた。あの、仕事ばっかやって、みんなで食事してるときも冗談のひとつも飛ばさない若島津が。松山は嬉しそうに笑った。
「そうか、とうとう、積極的にみんなで仲良くしようって思い始めたんだな。だから前から言ってたじゃんか、その方が面白いぞって。そうかそうか、そうだよ、お前、そこら辺抜けば、ほんと良い奴なんだからさ、」
「ちげえよ」
「は?」
「コマなんて誰が作るって言った」
「じゃあ何に使うんだよ。新しい企画か?」
「昼食」
「いや、おやつだろ、ドングリって」
道産子め、と若島津は眉をしかめた。
「俺はおやつにだってドングリなんて食ったことない。今月、金が無いんだ」
朝、ホームレスのおじさん方と一緒になって公園で拾ってきたとまでは、さすがに言えない。
「なんで。お前、俺より業績いいじゃん」
若島津はそれには答えず、黙々とドングリの皮を剥いていた。松山は親子丼をかきこみながらもだんだん自分まで空腹になってくるような気がして、箸を置き、やがてもうひとつトレイを持って現れると、「感謝しろよ」と若島津の前に置いた。
「…恩に着る」
若島津は野沢菜定食をすごい勢いで食べ始めた。その、心なしかこけた頬に、松山はますます目を疑う。
(…こいつ、修行でもしてんのか!?)
そうか、修行か。空手、やってるって言ってたしなあ。すげえなあ。あ、でも、修行中に食わせて、悪かったかなあ。一人頷いてる松山を余所に、若島津は、自分と背中合わせのテーブルから聞こえてくる日向と誰かの声に、重い溜息をついた。
日向の、あの勝ち誇ったような顔が浮かんでくる。ああ、俺はハメられたのだ。なにが山田のこと好きなんだろ、だ。二十万もぶんどりやがって。あの野郎。
ばきっ、と音を立てて、箸が割れた。ちくしょう、という心の声は、むなしく彼の中だけでくすぶり、誰にも聞かれることなく消えていった。後輩とどんな話をしているのか、後ろの日向が笑う。これから降りかかるであろう不幸を思って、もう一度、長い長い溜息を吐いた。