きょうもあしたもEいちにち
日向小次郎、年齢十六歳、出身地埼玉県、愛称コジコジ。
今までのアイドルとはひと味違った、鋭く大きな目、褐色の肌、固そうな髪。腹の底から響かすような演歌調の歌い方。そんな日向は十二歳の時、渋谷でスカウトされ、アイドルユニット「イブニング娘。」メンバーとしてデビューし、つい最近ソロへと転向したばかり。CDを出せば常にトップ10入りの、今や「つやや」こと大空翼と並ぶ、スーパーアイドルである。熱烈なファンも当然のことながら多く、日向のコンサートは常に野太い声で埋め尽くされていた。
私立東邦学園に通う十六歳、若島津健もまた、「コジコジ」に命をかける男のうちの、一人である。
「今日のめざまし見た!?」
「見た見た!コジコジ、マジ可愛かったよなあ」
「新曲超楽しみなんだけど!絶対買うし!な、若島津!」
「甘いな、松木」
ち・ち・ちと、人差し指と中指をくっつけて振った。ちなみにこれは、コジコジのデビューシングル「夏一番」でプロモで流れ、覚えた振り付けの動作である。
「もう予約済み」
「さっすが」
「日向さんの為だからな」
若島津健、彼には、日向さんへの想いは誰にも負けないぜ!という自負がある。その自負は、俗っぽいからという理由で「コジコジ」ではなく「日向さん」と呼ぶ、彼だけの信条に繋がっていた。
帰宅した若島津は、着替えずにそのままパソコンの前に直行する。
電源をオンにすると、パソコンの脇に置いてある瓶底メガネをかけ、メガネのすぐ脇に置いてある、東京ゲームショウで手に入れた日向小次郎50分の1フィギュアを愛しげに見つめ、「ただいま日向さん」と声をかける。それからゆっくりと部屋を見渡し、『日向マイラブマイ命』と刺繍された自作のタスキ、半纏や、壁狭しと張られた大小たくさんのポスターに微笑みを浮かべ、机の鍵付きの引き出しの中に厳重に保管されてある、日向小次郎ナマ写真アルバムを一枚一枚確認するように、愛でてゆく。そうしてゆくうちにパソコンのデスクトップが表示され(壁紙はもちろん日向小次郎だ)、彼は公式ファンページをチェックするのだった。プロフィールからひとつひとつの項目を、隙間無く読んでゆく。更新情報の欄にひとつ、追加されていた。すぐにクリックする。若島津は目を見開いた。
「うそだろー!!!」
一人の部屋に大絶叫が響く。興奮しているせいか、額から汗が出てきた。
「マジでマジでマジでっ」
そこには、今、日向小次郎が出演しているドラマ「アイドル刑事虎子」のエキストラ、100名募集、と書いてあった。コンサートや交流会、サイン会以外で日向と会える、またとないチャンスだ。若島津は興奮して意味のない声をあげながら、即座にメールフォームをクリックし、エキストラに応募した。どうか、日向さんが俺を選んで下さいますように。
しばし祈りを捧げると、すぐ傍にあるベッドに横になる。仰向けになると、天井に貼った巨大ポスターのなかから、日向さんが笑いかけてきてくれた。
今日も良い日だった。明日も日向さんと俺にとって、良い日でありますように。
日向さんの唇の弾力を想像しながら、等身大抱き枕を抱き締めて、若島津はゆっくりと瞼を閉じた。
END